これから始める二次小説の書き方メモ

推しの妄想を形にしたいけどどう書いたらいいのか分からない、そんな方に

書き方を勉強した本など

技術論についてわたしが体系立てて語ることは(実力がないので)できんのですが、こういう本を読んで勉強したよ、くらいは言えるかと思いまして。特に参考になった、感銘を受けたというものをご紹介いたします。

 

 

まずこの本。まあベタというか定番なんですが絶対に読んで実践した方がいいです。
読んでからあからさまで笑っちゃうくらいに文章の書き方変わりました。
句点、語順といったなんとなく感覚でやってることがどうしてそうすればいいのかという理由を知って決めることができるようになり、整理され読みやすい文章を目指せます。

 

 

これは単純にわたしが高橋源一郎氏の小説が好きで彼の小説に対する向き合い方が好きだから参考になっただけだと思いますが。共感できない人には一切共感できない内容かもしれないなぁとは思います。
めちゃくちゃ感覚的な事を言っておられるので、今すぐ文章が上手くなるアレを期待している人は急いで読まなくていいです。

 

もしかしてこれ今絶版とか……? もったいない。
クソ読みづらいし意味も明確に伝わらない文章がなぜ読みづらいのか、という解説。自分はやっちゃってないか我が身を省みる習慣が付きます。

 

 

これは正直ちょっと悩んだ。わざとかもしれないけどめちゃくちゃ極端で受け入れがたい言説も多いからです。だから話半分で読むくらいでいいと思います。これも技術論ではないです。どちらかというと今回貼った本のなかで一番精神論。
女性と子供は対象外らしいので、アッハイすみません……と大変申し訳ない気持ちにさせてくる本。女には一生本物の小説は書けないんですって。へーへーへー 孔子の昔なら女子供で纏められて話合わねえって言われるのもまだ分かりますが。山崎豊子さんとか(エンタメ作家だから対象外かもしれませんが)恋愛脳じゃぜんぜんないだろ……。それ以外にもとにかく極端な意見が多い。滅茶苦茶ストイックで、小説書きって修行僧かな? と思わされる。
まあ言いたいことはいっぱい出てくる本なんですが、この人の言ってること極端だな、もしかしたらわざとめちゃくちゃ極端に言ってるのかもな、という認識で読むとだいぶ参考になります。

 

ぶっちゃけた話昔は小説ではなく漫画をずっと描いてて、物語の基本の作り方というのも漫画の頃に一生懸命勉強したので、よう考えたら小説のそういう類いのハウツー本をほぼ読んでないのであった。つまり初心者にめちゃくちゃおすすめできる技術書をあまり読んでいない ~Fin~

2/展開をどうやって組み立てたらいいだろう

展開の組み立て、俗にいう構成、というやつです。

だいたいの書き方講座みたいなものでは、メモとかプロットの重要性をくどいほど説いてると思います。わたしも大事だと思います。でもわたしには合わないのでわたしはどちらも使ってません。

何故かというと、文章ではなくメモ書きでアウトプットしても書き終わったような気分になって満足してしまい、本文を書かないからです。
まったくしないかというとそうではないんですが、どういうものを作るかというと例えば

syosetu.org

11万字強の話ですが作ったメモはこんなものです。けっこう設定が複雑だなぁと思う時に整理する意味合いでしかやりません。

なので構成するという意味合いの行動はほぼ全て頭の中だけでやってるのですが、なんというかわたしにはあまりストーリーを構成しているという意識はありません。

あまりにも読まれなくて感想がもらえない可哀想な書き手なのでココナラで感想サービスを頼んだりするのですが、構成を褒めていただくことが多いので何も考えてなくてごめんなさいと(心の中だけでですが)かえって恐縮してしまうくらいです。

 

わたしがすることといえば二つ。頭の中でキャラが勝手に会話を始める程度に原作を読み込むことと、書く前に結論だけは決めることです。
それのどこが構成なんだよ、と思われるかもしれません。多分これ構成ではないとわたしも思います。正確にいうと構成なるものをわたしはしてないのだと思います。ただ、ストーリーを作り上げるにあたってすること二つがどうしても欠かすことができない要素であるために、その二つだけは満たすわけです。逆にいうとその二つがちゃんとできてれば他は適当でも書けるから。

結論だけを決めて、結論に辿り着くまでノープランで脳内で勝手に進む会話と展開に任せる。とにかく結論に辿り着くまでひたすら書く。わたしの書き方がこれなので、構成もへったくれもないのです。全然考えてないのかというとそんなことはないのかもしれないですが、考えてたとしても無意識下の話です。今後の展開を考えてここで伏線を張り、とかそういうの本当にないです。
わたしは、ここでこういう展開ならこのキャラはこう考えこう喋るはずだ、という蓋然性を積み上げていっているに過ぎません。だから構成は本当にしていないんです。自分で決めた結論は最終的には目指してますし大幅に道を逸れそうになったら多少の方向修正はしますが、それより蓋然性の方がわたしにとっては大事。

 

何を言いたいかというと、そんな変な方法で書く人がいるくらいやり方は人によって違う、ということです。わたしのやり方は多分誰の参考にもなりませんので真似はしない方がいいと思うんですが、やり方は一つではないし自由、ということだけ分かっていただければいいかと。
プロットを書いて整理して言語化し肉付けしていくという方法は確かに多くの人にとって有効な方法なんですが、それがどうしても合わない人間もいるのです。
あと、最初からプロットが必要なほど長い話書かないだろ、という気持ちも正直あります。三千字くらいの短編だったら正直プロット起こすより書いちゃった方が早いし、プロットにしなきゃいけないほどの情報量もない。構成を学ぶためにプロットを起こす練習をする、ということならとても有用な練習方法だと思いますけどね。

プロットの書き方については詳しい解説とかがネット上にでもいくらでもございますので、どうぞそちらを見ていただいて。わたしも学びはしましたけど活かせていないので、多分活かせてる人の言葉の方が役に立つと思いますので。
プロットが合ってるかどうかは、書くもののジャンルとかによってもだいぶ変わってくると思います。例えばミステリーなら多分作った方がいいです。登場人物もだいたい多いでしょうしそれぞれの思惑や時系列や出来事や伏線や謎がいろいろと複雑に絡み合うものですし、謎を明かすタイミングなんかも重要でしょう。プロットを作って整理した方が絶対に書きやすいのではないでしょうか。ミステリーなんて書けるほどのおつむがないので知りませんが。書き忘れや穴があったらフルボッコされちゃう昨今は特に。悲しいことですが。趣味の創作に完璧が求められる、悲しいことです。

 

あと展開について基本的な知識といえば起承転結とか序破急とかがございますけど、これも意識して字数を割り振るようなものじゃないよなぁと正直思っています。普通に書いてたら後から見直したらその形に自然になってるので。逆にその基本の形から外れて話を書くのってめちゃくちゃ難しい気がします。
いや書こうと思えば書けるんでしょうけど、読む方がめちゃくちゃ戸惑ってしまうのではないでしょうか。読んでて違和感がすごいしそれをどう解釈すればいいか分からなくて。
基本というものは、そうなる理由があって基本とされているものですから、そこから外れるというのは新しい形式へのチャレンジといえばそうなんでしょうけど、それが人に理解してもらえるとは思わない方がいい気はします。わたしは人に読んでほしいので誰かが読んで理解してもらいやすい形式の方がいいです。

構成と一口に言っても考えなければならない要素は山のようにあるわけです。わたしみたいに不真面目にやってれば何も考えてないわけですが、ちゃんと考えてる人の考える内容は膨大です。
ですが、要は「何のために構成するのか」ということです。
わたしは結論が言いたくて話を書きますので、全ての要素は結論に繋がっていかなければなりません。何が必要で何が不要かという取捨選択も、結論を言うにあたってそれいるか? という観点です。
そうです、「書きたいこと」が読んでいる人に伝わるように、どうすれば伝わるのか効果的な方法を考える、それが構成です。(自分一人で楽しむためだけに書くから人に見せないなら別ですが)どうせ書くなら読んだ人に言いたいこと分かってもらいたいじゃないですか。伝えるためには伝え方を考えなきゃいけない、そういうことです。
言葉が通じるからといって思いが通じるとは限らない、簡単な話ですがつい忘れがちになってしまいますね。伝えようと精一杯工夫をしないと伝わらない、くらいに考えておいた方が無難です。
ただまあ、最初からそんなに上手にはできないと思います。わたしは未だにできてる気がしません。わたしのような凡人は一生かけてもできないかもしれません。それでも少しでも伝わってくれたらいいな、と思いながら書くわけですが。「書きたいこと」というのは言い換えれば「読んでくれた人に伝えたいこと」でもあるのです。伝えるために人は言葉を選び、相手が分かるように表現をするのです。言葉というのはコミュニケーションの手段です。言葉である以上、インタラクティブではなくても小説もまたコミュニケーションの一種であるわけです。インタラクティブではないことにももちろん利点はあるわけで、よりよく伝えるための工夫と努力を(自分が納得して満足するまで)重ねてより伝わりやすいものにできるのです。

 

なんか技術論を期待して開いてくれた人は本当にすまん! そういうのはここにはない!
勉強をしてなかったわけではないんですが理論を体系だてて書いてるわけではなくほぼ感覚でやってるので、技術について人に講釈垂れるほどの知見はございません。それはプロである専門の学者先生がやればいいと思いますし。
技術のことを小手先って軽視してるわけではないです。伝えるためには技術が絶対に必要です。でも技術は伝えるための手段で、技術にとらわれて何を伝えるのかというのを見失ってしまうのは本当に恐ろしいことです。何を伝えるのかっていう核がなければ何のためにその話書いたの、ということになってしまう。

何を伝えるのかというのは前に書いたように決して高尚じゃなくていいんです。これめっちゃ面白いと思うから笑ってほしいとか、このどちゃシコすけべ興奮するでしょとか、両片思いのもだもだする感じほんと最高だよねとか、ほんとそういうのでもいいんです。それをあなたが読んだ人に伝えたいと心から思っているならば。コミュニケーションなので、気持ちを伝えたいじゃないですか。

 

なんか構成の話のはずが全然関係ない話をしてしまった気がする。すみません。でも普段から意識して構成なんかしてないんだ、すまない。こういうところにも構成力不足が出るというオチ、お後がよろしいようで。

1/はじめの一文、どう書く?

はじめの一文。みなさん難しいって思われるかも知れません。
正直に言いますね。考えすぎです、なんも難しくない。
できるはずのないことをやろうとして考えすぎです。

 

書き出しの一文の名文としてよく挙げられる、川端康成の雪国ってありますよね。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

よく読んでくださいね。いわゆる5W1HのWhereとWhenの説明です。それだけです。
ただ表現が圧倒的に洗練されてて読ませる工夫がめちゃくちゃ上手い説明、というだけです。いいですか、これは「Where」と「When」の説明なんです。
よく考えてくださいね。何事も最初から上手い人なんてほとんどいないんです。最初から雪国の高みを目指してもはっきり言って無理なんです。目標が高いのはいいことなんですけど、すぐに目標に到達できないのは当たり前なんです。
最初に目標を高く設定しすぎて目標に届かない自分には才能がないと思い込んでしまう、そんなわけないと思いません? 熟練した天才と未経験の自分を比べて自分は天才じゃないから無理って結論付けるのはあまりにも早計では? 天才ってのはそうそうはいないから天才なんです。最初からノーベル賞作家並の文章が書けないから自分は才能がないって、そもそもそんなの書けるわけないんですよ。不可能なんです。

これをわたしは、「雪国の呪い」と呼んでいます。たぶんわたしだけ。
目標にするのはいいんですけど、すぐにこんな上手いものが書けるはずと思うのは幻想です。ここまでの高みに到達できる人なんてそうそういません。

 

中国の兵法書「孫子」に「彼を知り己を知らば百戦百勝殆からず」というものがあります。敵と自分について情報を正確に把握していれば百回戦って百回危なげなく勝てるよ、という意味です。
兵法書なので戦争について言ってるんですが、これ別に戦争だけにしか当てはまらないわけではなくて、大抵の物事に当てはまる万能の真理です。
小説については敵はいないんですが、例えば川端康成でも誰でもいいんですけど、自分の目指す高みというものがあるとします。それを小説をまともに書いたことのない自分が最初から真似できると思うのは正確に力量を把握できてるとは言えませんよね?
それでまずは自分の力量というものについて把握するのが大事、ということになりますが、これはとにかく(どういう形でも)一度小説を完成させなければ見えないものである、とわたしは考えています。

 

初めて書くんだから下手でいいんです。下手なのが嫌かもしれませんが、とにかく全部書いてから直してください。直しながら書いてると一生進みません。いきなりするするとノーベル賞作家並の文章が書けるかもなんて幻想ですし、わたしはろくにしませんけど結構な割合の人が推敲の上で文章を洗練させていきます。最初は洗練されてなくていいんです。
推敲というやつは、書き終わってから読み直してやるものです。一旦完成させないと、どう直せばいいのかというのも正確には見えません。
物事には何事もバランスというものがあります。そしてこのバランスというやつは全体が完成しないと把握するのが難しいのです。これを論理立てて説明するのが超絶難しいんですが、一旦書き上げないと見えないことっていっぱいあるんです。

上手い例えではないんですけど、イラストを描く工程のことを考えてみてください。まずは一通り絵を描いてから、色調補正とか全体を調整しますよね? 推敲というのは全体の調整なんすよ。見栄えをよくする作業です。描きながら途中で調整作業する人はいないんです。いるかもしれませんが圧倒的少数派ですし、その人はそのやり方の方が自分に合ってるからそうしてるだけで、自分に合わなくて先に進めないのにその手法にこだわる必要というのは何もありません。

 

ですので。まずは下手でいいですし短くていいですので書きたいことを書いて小説を完成させるのをとにかく優先してください。
これから上手くなればいいのでとんでもなく下手でいいです。はっきり言ってしまえば、最後まで書き上げないと上手くはなれないです。これも論理立てた説明がすごく難しいんですが、経験上未完のものが自分の身になったことがありません。数十万字の未完小説より140文字の完成したツイート掌編の方が自分の身になります。(140文字に書きたいことを収める、というのは実はものすごく難しいことなんですが、ものの例えです)
どういうわけかは説明できないのですが、そういうものです。未完のものが全く無意味かというとそういうわけでもない筈なんですが、完成させたものの方が自分の実力を上げるのには有効です。

 

最初のうちから絶対に気を付けた方がいいことはそんなに多くないです。
まずは「5W1H」の説明をちゃんと入れましょう。説明不足の文章というのは情景がまったく想像できなくて誰が何をしているのか分からず読む気を著しく削ぎます。
やり方の一つではありますが、まずは自分が書きたい情景を映像として頭の中で再生してください。それを文章で説明してみてください。一次創作の人はキャラのビジュアルも自分で想像しなきゃいけないですが、二次創作だとそこはだいぶやりやすいのではないでしょうか。
上手に表現できるようになるのはおいおいでいいです。勉強して文章を工夫しながら何本も小説を完成させていれば実力は上がっていくものです。元になる文章がなければ推敲はできません。まずは書き上げましょう。
説明過多すぎてもいらん情報が多くなりすぎてくどくて読む気がしないものですが、説明しないよりはるかにマシです。どのくらいの説明が丁度いいのかというのも書いて完成させていかないと感覚として掴むことができません。説明を説明に見せない技術というのも書いて完成させないと培えません。
雑にいえば、最初の一文は川端康成の真似をして「いつ」「どこで」を(できれば「誰が」も)説明すればいいです。あんなに高いクォリティの文章は目指す必要はありませんが、読者が文章の情景を思い浮かべるのに必要な情報はちゃんと説明するという点は真似してください。真似するなら文章のクォリティじゃなくてそこです。

 

ここまで言えばもう雪国の呪いから解き放たれて最初の一文を書けるのではないか、と思うのですが、書き進んでいくと次の展開をどうすればいいのかと詰まってしまい書き進めなくなることも多いと思います。なので構成について次回お話ししましょうか。
正直わたしは自分のやり方があまりにも感覚的すぎるし特殊すぎるので人が真似しない方がいいと思っていますが、こういうやり方もあるということでご紹介しようと思います。構成については他に有用な解説がいっぱいありますのでそちらを見ていただいてもいいですしね。

0/「何のために」「何を書きたいのか」をまず最初に決める

書いてみたいけどどうしたらいいのか分からない、その最もたる原因が「何を書きたいのか」が明確でない、これです。

いやいや書きたいことがあるから書いてんねん、と思われる方もおられるかもしれません。なので言い方が悪い、ということになるかもしれませんが、この言い方が一番しっくりくる、というのもまたわたしの正直な気持ちです。

正確に言うと、「何を書きたいのかのイメージが明確でない」ということになるかと思います。

 

連載ネット小説が連載途中で更新が止まることをエタる、と俗に申しますが、思うに原因はいくつかあると思います。仕事や学業が忙しくなったなどのリアル事情。反応が貰えない、逆に誹謗中傷を受けた、気力の低下などからくるモチベーション低下。この辺りは原因が取り除かれれば再開できなくもなさそうですが、構成力不足などの執筆力がそもそも足りない、という場合ですと二度と続きは書かれないかと思います。
いきなり大長編を書こうとして挫折する、というのはよく見かけるあるあるです。
単純に飽きる場合ももちろんあるでしょうが、それよりも「その大長編で何がしたいのか」が明確でないためにゴールが分からずモチベーション低下を招く、という場合の方が多いのではないだろうか、というのが個人的な感想です。
そもそも大長編に初心者が手を出して最後まで書き切るというのが無理ゲーに近いです。よほど自分の能力や根気強さに自信がない限りは、たとえ本当に書きたいのが大長編でも自分の力量に合った分量から地道にステップアップして生きてるうちに大長編を書き上げる、くらいの気持ちでやる方がかえって近道ではないか、という気もいたします。長い話を書く場合、執筆力が必要なだけではなく精神力がガリガリ削られるので、息をするように文章を書ける人でないと最初から挑むのは相当に難しいのではないか、と思っています。まずは文章をどう書けばいいのか、その次にどう話を組み立てればいいのか、ということが感覚的に掴めていないととてもではないが書けるものではないと思います。
めんどくさくて手を抜いたためにかえってもっとめんどいことになる、という事例はこの場合だけではなく現実でもゲームでも様々な場面でよくあることです。急がば回れ、昔の人はいいこと言いますね。
ただ何も楽しくないクソつまんない訓練をいっぱいしろ、と言われたところでやる気が起きないのは当然です。わたしもそんなのは嫌です。小説書いてみたい、と思われる人の思い浮かべる小説というのは半分以上の場合は壮大な大長編じゃないかという感じもしますし、どうせ書くなら大長編の不朽の名作がいい、というのも分かります。本当にやりたいなら努力するはずだ、なんて体育会系マッチョ思考は好きじゃないのでそんなことを言うつもりもないです。仕事にしたいなら別ですけど、なんで楽しむためにやってるのにそんなしんどい思いしなきゃいけない⁉ ってわたしだって思います。仕事にしたい方は地道に頑張ってどうぞ。

でも、物事には順序というものがある、というのも厳然たる事実です。いきなりやろうとしても(余程の天賦の才の持ち主でなければ)いきなりはできないんです。書きたいことの溢れている天才には、たぶん最初の一文どう書けばいいか分からなくて躓いて先に進めない、なんてことは起こりません。自分が天才ではない、ということはまず認めてください。天才なんてそうそういないし、天才じゃなきゃ書けないわけでもないですので何も悲観することはないです。
別に才能がなくても書きたいものを書くことはできます。ハァ~わたしが天才だったらな~! と思うことは正直たくさんありますが、なろうとしてなれるものでもありません。

 

なので、具体的に文章を書き始める前に、まず「何のために」「何を書きたいのか」を明確化しましょう。
書きたいものが分かっていないのに何を書けばいいのかなんて分かるはずがありません。物事には順序があります。焦ってもいいことは何一つありません。

 

「何のために」という部分について。目的意識というやつです。
例えばの例なら、わたしは「萌えの共有がしたい」という動機で書いていることがたぶん多いと思います。この場面でこのキャラはどう感じていたんだろうとか、原作にない空白の時間でこういうことがあったらいいのにな、とかそういう願望を形にして、それを他の人に共感してもらえたら嬉しいな、という気持ちです。原作補完型の作品が多いと思います。別に共有はしたくなければしなくていいです。書き上げても公開しないで一人でニヤニヤしてもいい。公開して読んでもらわなくても書き上げたという事実で満足できて一人でニヤニヤできるならそっちの方が、自己顕示欲と承認欲求を満たせなくて死ぬ共有派より全然コスパよく楽しく執筆できますし。
他には、大人の事情に雁字搦めでどうしても納得できかねる展開で終わってしまった原作を半ばヤケクソに、じゃあわたしが納得できるパラレル展開書くわ! って書いたものもありました。
千年先まで残るような不朽の名作が書きたいとか、神書き手になってチヤホヤされたいとか、そういうのもあると思いますが、わたしはそれはやり方知らん。
他には、どうしても書きたいシーンがあるとか、この台詞を言わせたいとか、この二人がくっついて幸せになってほしー! とか。何でもいいです。その話を書く目的はちゃんと言語化した方がいいです。最後まで書くモチベーションの維持で一番大切だと個人的には感じています。

 

そして「何を書きたいのか」の部分。
書きたいシーンとか台詞があるならそれでいいと思います。永井豪のバイオレンスジャックは、クライマックスの了と明のあのシーンを描きたいがために描かれた漫画である、とかそういうことです。了にあれを言わせてあの結末を描くその為だけに永井先生は連載誌休刊からの移籍の連続とか様々な苦難を乗り越えながら二十年近くかけてあの作品を描ききった。永井先生が偉大なのももちろんあるんですが、永井先生はどんな事をしてでもどうしてもあのシーンが描きたかったんだろうな、というのを思います。作品において「何が書きたいのか」というのはそういうものではないかと思います。

そもそも、書きたいこと(表現したいこと)がある人というのは書きたい衝動を抑えきれなくて自然と筆をとってしまう、のだと思います。小説なら俗に言うテーマというやつがそれに当たるでしょうし、絵なら「えっちなおねえさんのシコい太ももがどれくらいエロいかを表現したい」とか例えばそういうのもありますよね。「この二人どすけべ~!」ってテンション上がりまくってドスケベR18でもいいです。これ読んだ人ぜってー大爆笑間違いなしだわ、ってコメディとかでもいいです。長編の真面目なネタ練り続けてたらしんどいから息抜きに気楽なもん書くか~って何も考えないでゆるい短編書くのもいいと思います。別に高尚である必要は何一つないです。
初心者あるあるでしょうけど、すんごい名作を書かなきゃいけないと思い込んでいる為に(その実力が書き始める前の現時点ではどう考えてもないから)納得するようなすげーものが書けずに書いては消し書いては消しで一歩も進めない、というのあると思います。そんなの別に書けなくていいです。そりゃすげーもの書けた方がいいのは確かですけど、あなたの目的はすげーものを書くことですか? ということです。書きたいことを書いて、それが結果としてすげーものだったら素敵だよね、でも優先順位としてはまず書きたいことを書く方が先じゃないですか? と思います。
何を書くのか、というこれも目的意識ではあるんですが、これが欠けていても最後まで書くモチベーションを保つのが難しくなる、というのが個人的感想です。これがないとゴールが設定できないからです。ゴールが設定できないと自分が何をどこまで書いたのかも分からず、あとどれくらい何を書けばいいのかも分かりません。ゴールの分からないマラソンってしんどすぎません?

 

自分が何が表現したいのか分からないという人も焦る必要は全くないです。書きたいことができたら書けばいいです。それまで無理して書く必要ないんじゃないですかね。これどうしても書きたい、というものがない時はわたしは書かないです。ないとモチベーションが続かないので。
分からない時はひたすら徹底的に納得いくまで考えてみて、それでも出てこないならそれについて書きたいことというのは自分の中には(少なくとも現時点では)ないんだろうな、ということだと思います。二次小説の書き方メモですので二次に関して言えば、原作を読んだり見たりしてキャラとかストーリーについて考えに考え抜いて、そうすれば自然に浮かぶものである気はします。敢えていうなら推しの何が好きなのかを言語化してみてください。クソ真面目委員長だけどこいつ絶対ドスケベだよね~! とか、はぁ……この二人こんな憎まれ口叩き合ってるけどこれ絶対相手を死なせたくないからでしょ……愛……とかそんなんでいいと思います。それをひたすら考えたら書きたいこと見つかるのではないでしょうか。
話の組み立て方にも繋がるんですけど、わたしはわりと逆算で考える事が多くて、このクソ真面目委員長のどすけべっぷりを表現するのにはどういう風な流れでどういう事を言わせるのがよいか、という風に考えます。そういう意味でも最初に目的を明確化しておくのはわたしにとっては最重要です。ただこれはわたしの場合ですので、読んでいる方にとっては他に最善の手法があるかもしれません。それは色々試してしっくりくるものを探すしかないです。

 

さて、目的が明確化したからといって初心者の鬼門・書き出しの一文を書けるかどうかはまた別なんですが、次回はそのことについてでも書きましょうかね。

はじめに自己紹介とか

これからこれまでわたしが二次創作小説を書き続けてきた中で考えていたことなど記録していこうと思いますが、どれほどの奴が何を言ってんねんと気になる方もおられるかと思います。
名選手は必ずしも名コーチではない、という例には枚挙に暇がないかとは思いますが、クソヘタクソな口だけの奴に偉そうなこと言われたくないわ、という気持ちもまたよく分かるものです。

昭和の時代から二次創作をしておりましたので、歴だけは相当になりますが、そこまで上手いのかと問われるとまったく自信はございません。またどういう小説が上手くてどういうものが下手か、というのも個々人によって感じ方や考え方が違いますので、各々が感じ判断するものかと思いますので、このヘタクソがよ! って感じる方もいれば、これで下手とか嫌味かよと思われる方もおりますでしょう。

syosetu.orgこちらに過去作品を一部公開してますのでもし判断したい方は各々ご判断ください。
一次創作は専門外なのでちょっとしか書いたことがないです。キャラ作りが下手すぎますのであまりやりたくもないです。

ここでは妄想を形にするための基本的な考え方についてメモをしようと思います。
文章技法などについてはわたしも感覚でしかやってないので何も解説することができません。
Web上で読まれやすい文章の書き方とかアクセスアップなども範囲外です。わたし自身がWebと紙媒体で書き方を一切変えてないですし、ジャンルにもよりますがあまり読まれない零細書き手だからです。

妄想を形にしてみたいけどどうやって書けばいいのか分からない、最初の一文をどう書き出したらいいのか分からない、書き始めたはいいものの途中でモチベーションが下がったり展開に行き詰まって最後まで書くことができない、そんな書き手が必ず遭遇するであろう悩みに経験からの解決策の一つをメモとして残そうと思います。

わたしの書くメモはわたしの方法論でしかありません。方法は無数にありますし、何が最適かなのかは人によって違います。悩みを解決するためにはとにかく色々試して自分に合った方法を見つけ出すしかないですし、どんな方法が合っているかは人によって違います。答えは結局自分の中にしかないです。ただ、どんな方法を試せばいいのかも分からない方の参考になれば幸いです。